今、人気のバスツアーに参加してもらったら…

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私には以前から気になってどうしようもなかったあるツアー旅行がありました。それは、アメリカの民間バス会社が企画運営を行い、日本で言う古希の人、70歳の人だけを集めたアメリカ横断バス旅行、と銘打ったなんともムチャな企画だったのです。日本とは掛けるコストや規模も倍以上異なるアメリカの企画にしては、なんともニッチな、しかも古希といえば割とご高齢であり、足腰も弱くなる年頃の中で、一体なぜアメリカを横断しようなどと思ったのか、しかもバスで。そしてそのバスツアー自体が何故か予約の時点で3年待ちとなるほど人気なのか、どうして世界中の70歳が大金を支払って参加したくなるのか。謎のバス旅行がどうしても気になってしまい、今回、ちょうど古希を迎える友人がいたので参加してもらうことにしたのです。

今回の記事は、その友人からの聞き出した内容を書き出したいと思います。
記事の内容は、もちろんあの「バスツアー」の体験記。できるだけ脳内で再現できるようよくヒアリングして書きました。しかしそれは、長年信念を持って生きてきた知人が、人生の軸を大きく揺さぶる出来事や、非日常のリアルな体験から人生観を変えてしまう程と興奮し、人が変わったように帰ってくる、ある意味恐ろしいバスツアーだったのです。今回も数ある謎のバスツアーの中から、アメリカ横断古希限定のバスツアーの話をはじめましょう。

さて、友人の話はバスに乗るところから始まります。

アメリカ横断バスツアーに期待よりも不安が大きい中、バスが到着するとバスの大きさにまず度肝を抜かれたそうです。全長は約30メートルはあろうかという、世界最大規模の大きさだったのです。正式名は、オート・トラム・エクストラ・グランドという最大で256人も乗ることが出来る、なんともアメリカらしい規模だったそうで、エンジンとモーターを載せたハイブリッドバスらしいのですが、ほとんどモータで走行するらしく、環境に良いのだそうです。

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到着して窓を覗き込むと、既に様々な国の方が乗っており、順番で彼が乗れた頃にはほぼ満席状態だったそうです。彼は一人で参加だったため、夫婦や友人同士で参加している各国の相席にはならず、メキシコから一人で参加したという人の隣になったそうです。そのメキシコ人の名はドン・イカス。そのイカスも含め、車内は意気揚々と和やかにも騒がしく、一人で乗っていてた不安もすぐに取り払われたそうで、気軽にみんなが優しく話しかけてくれたそうです。言葉は通じなかったものの、ガイドの拙くとも一生懸命な身振り手振りの通訳で、なんとか言いたいことくらいは伝わったそうです。

車内は和やかなムードで走り続けました。食事も車内で出されましたが、一流ホテルの食事のようなもてなしを受けたそうです。どこにこんな一流コックがいたのだろう。友人はそう思ったそうですが、もともとのバスツアーのコンセプトが「バスの限界を超える」とのことらしく、美酒と広大な地平線を眺めながらの食事は人生でも体験しておくべきだ、強く勧められました。

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初日の眺めは砂漠続きでしたが、砂の情景がアメリカ大陸の大きさを肌で感じさせてくれ、人間のちっぽけな悩みを振り払ってくれるかのような風を感じたのだそうです。アメリカは日本の25倍の面積を持っています。ロサンゼルスとサンフランシスコという隣同士の都市間も、実際には600km以上有り、これは東京と岡山間の距離に匹敵する長さです。

アメリカ横断と一言でいっても、ニューヨークからロサンゼルスを旅すれば、アメリカ横断といえるでしょう。しかしこのバスツアーはそんなつまらない事はしないそうで、様々な地域を周り、気長に人生の垢を落とすことが本来の目的なのだそうです。どこまでもまっすぐに延びる道を、長距離バスの狭いシートに乗り、フリーウェイの振動に揺られながら地平線に沈む夕日を眺めていると、その瞬間アメリカにいることを強烈に感じることができたのでしょう。

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友人が少し居眠りをしているとイカスに起こされたそうです。眠い目を擦りながら窓の外を見てみると、広大な大地の向こうへ、満点の星空が吸い込まれていくような闇に光る幾千もの星の輝きが飛び込んできました。生まれてはじめて見る景色に、思わず感動の声を上げてしまうと、周りで寝ていた夫婦たちも目を覚まし、一気に窓を開けて全員で見上げていました。少し揺れるバスのゆりかごと肌寒い風、ブランケットを掛けて眺めているうちに、いつの間にかまた眠りの世界にいっていたそうです。

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翌朝、気が付くと景色は一変、ピッツバーグの近代的な街並みが見えていたそうです。ただ街の中を走るわけではなく、高速道路に乗るための立ち寄りだったのですが、周りの参加者には観光名所も少し気になってしまうね、とのジョーク交じりの会話も弾んだそうです。後ろに乗っていたバンクーバーから参加の老夫婦は、子どもがシカゴに住んでいるとのことで、ピッツバーグについての隠れた名所や今年のフットボールチームの欠点などを周りに熱弁していました。朝食はサンドイッチ。サイズはキング。内部にポテトが入っており、あのオバマ大統領も好みのシカゴ風サンドなのだそうです。バスはそのままシカゴに向かい、そこで2泊の休憩と自由観光の時間が設けられていました。

友人はイカスと友人はイカスと共に行動することになりました。バスを降りてイカスと共に行動してみると、イカスのとても紳士な対応と振る舞いに、すこし自分が肩身が狭くなる思いをしたそうです。70年生きてきた中で、日本のカルチャーと異なる異国での振る舞いは、自分の培ってきた人生観や信条のような露呈するような感覚で、イカスの行動に比してしまい感情が揺さぶられたのでしょう。イカスとは、リンカーン・パーク、ウィリス・タワー、バッキンガム噴水、キャデラック・パレス劇場、アポロ・シアターと周り、オールステート・アリーナでブルズの試合を観たりしました。どれもこれも衝撃的なもので、頭が処理をする前に感動のウェーブが先走り、ほとんど記憶がないと言いながらも会話の節々から興奮が冷めやらぬものだけは感じ取れました。

無事、シカゴでの2泊を終え、バスはアメリカを南下し、オクラホマシティーに向かうとの事なのですが、その話はまた後日したいと思います。

古希祝いを迎えた私から見えるアメリカという国。

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70歳という節目、古希祝いになぜアメリカ横断ツアーへ参加しようと思いったのに大きな1つの明確な理由があります。それを今回は記しておこうと思います。

まず今から50年前は私は二十歳。当時は戦後最長の消費主導型景気拡大局面、いわゆる「いざなぎ景気」がありました。今を考えれば嘘のような時代であり第二次世界大戦後、日本が現代の近代国家になったキッカケでもあります。外国の文化で日本の街は溢れかえり活気に満ちていました。若者のファッションはまさにアメリカ文化を反映させたものばかりでした。アイビー・スタイル、これは高校生から大学生まですごく人気がありましたし、パンタロンというズボン。今では着ている人もみかけませんね(笑)

そして星条旗をあしらった服を着て街を闊歩する、戦争当時こんなことになるとは誰も想像しなかったでしょう。まさに日本はアメリカ文化一色。それだけ「アメリカ」という国は当時の若者にとって憧れの存在、国という象徴そのものであり、私自信もその文化に傾倒していった若者の一人でした。

当時はお金がいっぱい持っていたのものあり、海外旅行にはたくさんいきました。しかしなぜかアメリカ本土には一度も行きませんでした。今思えばなぜいかなかったのかと考えても昔のことであり、明確な答えは出てきませんが恐らくアメリカという国に少し飽きてしまっていたのかもしれません。

70歳という人生の節目「古希祝い」というものを私自身ここまで生きるとは考えもしませんでしたが、アメリカ横断しかもバスといういかにも若者が行いそうなことをこの歳で行けるという話を頂いてから、あぁこれが運命というものかと少し感じました。これを逃したら、もうアメリカという国の土を踏むことはもうないと考えれば行くしか無い。この年で私は胸の高鳴りを感じました。まさかこの歳でそんなこと感情を持つとはまだまだ私も若いといったことでしょうか(笑)

アメリカという国は写真やテレビ、文化はどっぷりと使ってきた私が見る今のアメリカは一体どんな風に見えるのか、アメリカを横断することで見えてくるアメリカという国を知りたい。これがアメリカ横断ツアーへ参加した大きな理由です。

さて、飛行機に乗って約11時間でしょうか、まずバスツアー一行が最初に訪れた都市は西海岸最大の都市「ロサンゼルス」。到着し、アメリカという空気を感じて「これがアメリカか。」それが私の口からでた最初の言葉でした。実に近代的であり、様々人種や国の人や言葉が入れ違い”サラダボウル”という言葉がまさにぴったりだなと感じました。

ロサンゼルスに来た理由は第一の目的であり、ラスベガスです。50年前のラスベガスを写真やテレビで若い時に見ていましたがここまで変わるものなのかと非常に驚きました。前の記事でも軽く触れましたが、色とりどりのネオンが光り、街全体がお祭り騒ぎをしているようです。世界各地の世界遺産や建造物が立ち並び豪華絢爛。ラスベガスで宿泊したホテルもそれはそれは非常に豪華でした。アメリカ横断バスツアーには少し似つかわしくないとは思いましたが、初日にこんな良いホテルに宿泊できてとても良かったです。

そして宿泊したホテルでツアー参加者の皆さんと古希祝いのパーティーを開催していただき非常に楽しい一時を過ごすことができました。出てきた料理やお酒も非常に美味しく、アメリカに来て初めての夕食でしたが大満足でした。またお恥ずかしいですがこの歳で新しい友人ができました。まさかこの歳で友人ができるとは思いませんでしたが、70歳という年齢を迎えこういう新しい出会いに巡り会え、アメリカ横断バスツアーに参加して本当に良かったです。

バスでアメリカ横断「古希祝い」ツアー

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70才を元気に迎えることができ、残りわずかな人生かもしれないので、何か記念に残ることをしたいと思っていたときに友人から古希の人だけで集まるバスコミュニティがあることを聞きました。
興味を持ったので、内容を詳しく知りたいと思い、友人にそのコミュニティのリーダーを紹介してもらいました。

リーダーと直接会ったときに、バスコミュニティは毎年ツアーを計画して観光とお祝いがミックスされた旅へ出ており、それはアメリカで毎年行われ、今年もアメリカを横断するバスツアーを行うということを教えてもらいました。

ツアーは、古希を迎える人だけで集まるので、和気藹々とした雰囲気の中で楽しく思い出に残る時間を過ごすことができると聞き、私も参加したいと思いました。
後日、ツアーの参加を家族に相談をしたところ、気持ち良く参加を了承してもらうことができたので、後日改めてツアーの申込みをしました。

ツアー出発の前に一度簡単な説明会があり、詳しいツアーの内容や準備するもなどの説明を受けました。
私は、海外旅行の経験はあるのですが、アメリカは初めてなので注意点などは忘れないようにしっかりメモをとりました。
ツアーに参加する人とはそこで初めて顔合わせをしたのですが、みんな同じ年ということですぐに仲良くなることができました。
これは楽しく思い出に残る旅になりそうだとますます旅行が楽しみになりました。

旅行当日は、家族が集合場所まで見送りに来てくれました。
アメリカ横断なので、日数は14日と長く、荷物は厳選したもののスーツケースがパンパンでかなり重くなりました。
人数の確認などがすむと飛行機に乗り込み、旅が始まりました。
飛行機は長く感じましたが、機内食が美味しく、サービスがとても良かったので、リラックスした時間を過ごすことができました。

アメリカ横断ツアーはロサンゼルスから始まりました。
初めてのアメリカは、何もかも大きて広い、という印象を受けました。
空港で少し休憩をし、バスに乗り込み最初の目的であるラスベガスに向かいました。
ラスベガスは煌びやかなネオンで彩られたレジャーランドのような都市で気分が高揚しました。
ラスベガスでは、ホテルに到着すると、夜はホテルの宴会場のようなところで古希祝いが開かれました。
まさかラスベガスで古希祝いを行うとは、想像もしていませんでした。

翌日は世界遺産であるグランドキャニオンを見学し、アリゾナ、コロラドと移動をしました。
どこまでの続く広大な地平線や日本では見ることができない早大は自然の美しさに感動しました。
古希の人だけで集まるバスコミュニティの良いところは、年齢が年齢なので、きびきびと動くことができず、何をするにも時間がかかるので若い人と一緒のツアーに参加すると遅れてはいけないと気を遣うことが多かったのですが、今回はみな同じ年なので、ゆっくりとしたペースで旅が進む、というところでした。
おかげで長いツアーなので体力面が心配だったのですが、疲れをあまり感じることなく過ごすことができました。

ツアーはサンタフェ、ヒューストン、ニューオリンズと進み、カールスバッドキャバーンズ国立公園やアラモの砦、NASAスペースセンターなど有名な観光スポットや施設を見て周りました。
ニューオリンズでは、ジャズパーティーが開催され、ここでも盛大な古希祝いが開催されました。

旅も終盤にさしかかるとツアー仲間との親交も深まり、旅の終わりを考えると早くも胸が詰まる思いがしました。
アトランタ、ワシントン、そして最終目的地であるニューヨークにたどり着き、ニューヨーク観光を終えてアメリカ横断ツアーは終了しました。
日本に着いて解散するときは別れを惜しんで涙を流す人もいました。
古希という記念の年に人生の良い思い出になる素晴らしいツアーに参加することができて良かったです。

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